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10807バルトーク7/26 0:32:552212cfBcsmysAsVME

 比較的涼しくなった閻魔時、俺は冷蔵庫の野菜室から桃を取り出した。
 底の深い小皿に入れ、部屋へと持っていく。ころころと、桃は揺れていた。


バルトーク7/26 0:34:142212cfBcsmysAsVME||965

「桃って、現実感がないと思わないかね?」
 桃の皮を剥き終わって、さぁかぶり付こうとしたその時、そんな声が聞こえた。
 目を凝らすと、俺の机に博士が寄り掛かっている。
 涼しくなったはいえ、まだ暑いのに白衣とはご苦労な事だ。
「なんだよ、それ」迷惑そうに眉をしかめる。
 俺は博士を振り向かずに、桃を口にした。
 じゅわっと果汁が口の中に広がり、果肉を噛み砕く柔らかな感覚が口内を満たす。


バルトーク7/26 0:34:472212cfBcsmysAsVME||354

「桃というのは、バラ科サクラ属であることを知っていたかい。まぁ、キミのことだから知らなかっただろうな」
「普通は知らないだろ」
 俺はそう言いながらも、桃の半分以上を食い終わる。
 ここからが問題だ。いままでは手を汚さずに食ってこれたが、これからはそううまくはいかないだろう。


バルトーク7/26 0:35:372212cfBcsmysAsVME||327

「英名ピーチ(Peach)というのは、ペルシアが語源だ。原産地は中国の黄河上流地帯らしいが、ペルシアを通って一世紀末に欧州へ伝わった事からそう言われている」
 俺はその言葉を無視する。
 お前の雑学は聞き飽きた。只でさえ、被害を最小限に押えて食おうと努力してるんだ。
「ちなみに、日本に伝わったのは鎌倉時代で、水菓子といわれて珍重されたらしい。ももの語源についてだが、多くの実をつけることから「百(もも)」とする説などがあるらしいな」
 俺は被害を恐れず、残り半分を食い始めた。
 相変わらず、博士は喋るのを止める気配はない。
 ふと、風鈴がちりんと鳴った。


バルトーク7/26 0:36:322212cfBcsmysAsVME||994

「日本の桃の生産だが、山梨県の笛吹市がダントツで一位だ。そういえば、桃には中国などで不思議な力を持っているとされているらしい。キミも仙桃という言葉くらいは聞いた事があるだろう」
「知らん」
 俺は一言そう言うと、タオルで手を拭った。
 小皿には、芯と皮だけが残っている。
「私の言った意味がわかったかね?」
 窓から夕日が、差し込んでいる。
 小皿の中に散乱している桃の残骸は、現実感を失いそうだった。


バルトーク7/26 0:38:452212cfBcsmysAsVME||611

「桃の節句くらいは、さすがに知っているだろう」
「それくらいは知ってるさ」
 3月3日の桃の節句。雛人形を飾ったりして、女の子の健やかな成長を祈る行事だ。
 
「ふむ。さすがにそれは知っているか。ちなみに、桃の果実は形状と色彩が女性の臀部に類似していることから、性と豊穣のシンボルでもある。また、果実の色であるピンクも性的な意味合いを持っている色だからな。それを食い散らかすとは、なかなかエロティックな連想をするじゃないか」
「んなことするのは、お前だけだ」
 折角美味かった桃が、こいつのせいで不味くなりそうだ。
 

バルトーク7/26 0:40:202212cfBcsmysAsVME||446
 
 俺は、窓へと近づいた。
 窓からは、夕日に照らされて茜色に染まる町並みが見える。
「キミも懲りないな」
「…………」
「桃を最後の晩餐にするセンスは、嫌いじゃないがね」
「俺が消えれば、お前も消えるんだぞ。止めないのか」
「構わないさ。今までなかなか楽しませてもらった」
「―――そっか」
 博士は、こんなときも薄笑いを絶やさなかった。
 そう言えば、こいつの薄笑い以外の顔って見たことなかったな。
 そんな事を考えたときには、俺は窓のサッシへと足をかけていた。そして、中空へと体を投げ出す。


バルトーク7/26 0:40:442212cfBcsmysAsVME||876

 俺の体は、アスファルトへと重力に引かれて、落ちていった。
 ほんの一瞬、風景がめちゃくちゃな方向にながれ、そしてガツンという衝撃。
 俺、どうなったんだろうな。


バルトーク7/26 0:41:462212cfBcsmysAsVME||77

 目を開けると、ドラマとかでよくあるピンボケのような状態にはならず、はっきりとした風景が目に飛び込んで来た。
 風景といっても、病室の天井なのだが。
「俺……生きてたのか」
「あぁ。軽い脳震盪と左手の骨折だ」
 博士が窓に腰掛け、薄笑いを浮かべていた。
 夜風がカーテンをばたばたとはためかせている。
「咄嗟に左腕で庇ったらしいな。それに、普通は二階の窓から飛び降りても無事な事が多いらしいぞ。芥川竜之介の弟は拳銃自殺を試みたが、脳天に三発の銃弾を打ち込んだにも関わらず丸一日生きていた。いやはや、人間の生命力などは凄いじゃないか。それに……怖かっただろう?」


バルトーク7/26 0:42:532212cfBcsmysAsVME||812

 俺はその言葉に答えず、博士から目をそらす。
 ふと、サイドボードの上に載っかっている果物の詰め合わせに目が吸い寄せられた。
 正確には、その中の桃にだが。
「そう言えば、桃の話が途中だったな。桃は中国で邪気を祓い不老長寿を与える植物として親しまれているそうだ。キミは、死ぬ前に不老長寿を祈る果物を口にしていたんだよ」


バルトーク7/26 0:43:252212cfBcsmysAsVME||653

 俺は博士を睨みつけた。
 折角の俺の覚悟を、馬鹿にされたみたいじゃないか。
「馬鹿になどしていないさ。まぁ、なかなか面白いものが見れたからいいがね」
「…………桃の皮、剥いてくれないか」
 今度は、博士が俺のことをしげしげと、まるで不思議な物を見るような目で見つめる番だった。
「バカなことを言うな。私はキミの作り出した幻影だぞ、物に触れられるわけもあるまい。いつものようにかじればいいじゃないか」
「それも、そうだな」
 そう言って俺は、ぬるい桃を手にする。
 

バルトーク7/26 0:44:122212cfBcsmysAsVME||805
 
「おや、気がついたかね」
 病室の扉が開き、黒ぶち眼鏡をかけ白衣を着た医師が部屋へと足を踏み入れた。
 この場面で、医師の登場は明らかなイレギュラーだ。看護士ならまだ大丈夫だろうが、医師が出てくることの統合性が感じられない。
 あぁ、やはり俺は狂ってしまったのだろうか。
「心配要らない、脳の検査は正常だったよ」
 まじまじと、俺は医師の顔を覗き込んでしまった。
 眼鏡をかけていて、年齢も違うが、こいつの顔のつくりは明らかに博士そのものだ。


バルトーク7/26 0:44:522212cfBcsmysAsVME||241

「久しぶり、とも言うべきかね。君がここに運ばれてくるのはこれで―――五回目だ」
「七回目だよ」
 俺が訂正してやる。
 そうだ、この医師を俺は知っている。
 博士のモデルがいても、それは矛盾していないだろう。
「そうか。まったく最近物覚えが悪くて仕方ないな」
「それよりも、父さん。いつ家には帰ってくるんだよ?」
「しばらくは帰れないさ。それと、バカな真似はするんじゃないぞ。母さんの所にいけるとも限らなないしな」
 それが死のうとした息子への態度なのだろうか、と甚だ疑問に残る態度で医師は去っていった。


バルトーク7/26 0:45:332212cfBcsmysAsVME||739

 ふぅ、と俺は惨めさに苛まれて肩をすくめる。
「父親の幻影を心のうちに作り出し、母親を思うか。君は孤独だな」
「…………」
 博士の言葉に、俺は答えない。
 まったくの図星だ。

 そんな俺を見かねてか、博士が声をかけてきた。
 相変わらず薄笑いを浮かべながら。


バルトーク7/26 0:46:82212cfBcsmysAsVME||729

「そうだ、桃の皮剥いてやろうか」
「はぁ!? なんだよそれ」
 あまりにも間の抜けた言葉に、俺は思わず吹き出してしまった。
 博士がこんな事を言うなんて、どうなっちまったんだ。
「キミは桃を見ているとき、何かを投影していただろう。それを私は不思議に思っていたんだよ。その答えが、やっとわかったからな」
「それが、最初の問いかけの理由か」
「ああ。現実感というものは本人の主観的なものでしかない」
 そうか、俺は桃に何を見ていたんだろうな。
 ―――まぁ、考えるまでもないか。


バルトーク7/26 0:46:402212cfBcsmysAsVME||667

「それなら、今の俺はどうなのかね」
「人は、変わるものだぞ。生きている限りな」
 博士の言葉を聞こえないふりをして、俺は皮を剥かずに桃へと噛り付いた。
 冷えていない桃は、やっぱ美味くなかったけどな。  

 fin 


バルトーク7/26 0:48:522212cfBcsmysAsVME||455
 
後書き

 今日、桃を食べたんです。
 そんなときにふと思いついたのがこの話。
 何故書いたかといわれれば、思いついたからとしか答えようがないじゃないの。
 地味に長い駄文に付き合ってくださった方がいましたら、ありがとうございました。


7/26 11:28:16044cfXsYD5zWKIp6||16
こんにちは

読んでいて某西遊記小説を思い出してしまいました
桃がバラ科なのはしりませんでした、いや本当にです
何時も思うのですが話の流れがスムーズで読みやすいです
内容もきっちりと調べてあって
創作意識、すばらしいなーって感じました
これからも楽しみにしております
追記:乱数446,241

バルトーク7/26 13:53:512212cfBcsmysAsVME||650
こんにちわ〜

某西遊記小説……う〜ん、分からないかも。
西遊記ネタは沢山ありそうなんで、どこかで読んでるかもしれないけど、特に覚えないなぁ。
桃については、調べてみて新事実が多く発覚しましたよ。
できれば桃太郎のこととかも書こうかなって思ったのですが、あえなく断念。だけど、ネットってこういうときは、ホントに便利だなって実感しますよね^

創作意欲って、たまに来るから困り者ですよ、まったくw

ミスはどうしてもあるんでよなぁ。
見直してるはずなのにorz
今度から気をつけよう―――って、毎回言ってる気が!

キキョウ7/26 21:25:382192cfBkVEKUKuVbY||804
こんばんは〜ノシ

何だか、登場人物の名前が出ていなくて不思議な感じがしました。
なんというか、面白かったです。はい。
もっと適切な言葉があるんでしょうが・・・勉強不足でして(ぁ

不思議であって、テーマは重大で、読み終わった後にしんみりくるような話ですね。
余韻が残るというか、何というか・・・(勉強不足

では、次回作も楽しみにしております〜

Kozue7/27 17:11:341251cflY5H06.hD.Y||873
こんにちは〜
お久しぶりです^^長らくこの板から遠のいておりました…
影から実はいつも読んでました(ぉぃw
しかしチキソな為感想が書けず…
勇気を出して今回に至ったわけです。

桃にまつわることがきちんと調べてあって、とても綿密に作られた物語という印象が強いです。私には真似できない行為です(ぉぃw
また、登場人物に名前がないために現実感がなく、桃のイメージと合わさって幻想的でとてもいい感じでした♪

これからも頑張ってくださいね!
へタレな感想でしたー…。

バルトーク7/27 20:35:562212cfBcsmysAsVME||816
キキョウさんこんばんわーノシ

いつもキキョウさんよりも先に感想をレスしようかなと思っているんですが、いつも先手をとられてしまって。今度こそは……と考えていた今回も叶わずでした。
むぅ、読んでるんだけど、レスするのが遅くてゴメソ。

面白いってのが最高の褒め言葉ですよ!
それに、勉強不足って思ったときから勉強が始まるって言うじゃないですかっ。
んな偉そうなことを言える立場ではないですけど^^;
オイラも日々勉強ですわ〜。

バルトーク7/27 20:43:122212cfBcsmysAsVME||360
Kozueさんこんばんわー
お久しぶりですv

おぉっ、読んで下さっていたなどとは知りませんでした!
感想に必要なのは勇気ではなく、根性だと最近は思えてきたり。やっぱ根性がないと、何も始まりませんよ。うん!

名前がないのはただ単に……ととっ!桃と合わさっていい感じだったでしょう(オイ
雑学を並び立てるだけなんて、誰にでも出来ますよ。実は、それがいちばん簡単な行為だと考えたりしとります。

ヘタレな感想んてとんでもない!
とても頑張ろうと思える感想でしたっ

シェイラ7/30 0:21:122184cflTcDzmf.VhI||271
こんばんわ!
また違ったバルトークさんの魅力大発見って感じです!
漂う空気が、また気だるげで素敵です♪
桃のお話は、すごい勉強になりました。
今年はまだ桃を食べてないんでガツガツ食べたいですねぇ(←アフォ)

話は戻りますが、不思議な空気を持っている小説ですね。
ジャンルがはっきりとないって言うか。
ホラーでもなければ、ミステリーでもない。
ぼやけた現実の中に、登場人物達が没していっているような……。
そんな感じがしました。
これからも、応援してます〜☆

熊とりす7/31 14:38:335870cfvvY1SqqlRlM||381
こんにちはー

バルトークさんの不思議な世界観に魅了されました!いや、ホントにw
俺は昨日桃を食べましたー かぶりついてないですけどねb
博士のマメ知識、読んでいてホォーとなりました。

あの、あれですよね。桃をガブっとかぶりつくなんて超粋ですよね。
(感想書くのって苦手でつ^^;)

最後に、夏に向けての芸術発表会開いて下さいねー^^

たかちほ7/31 16:5:512101cfzcHyGHn.C.Q||527
こんにちは☆
バルトーク様の小説、毎回みてました^^
バルトーク様は、小説をつくるのが上手いと思います。
素人なのに、分かったようなこと言っちゃってスミマセンが。
桃は切ってしか食べたことはありません。
かぶりつく・・・大胆な・・・・逆に大胆だからおいしそう。
かぶりつくと、おいしそうに見えます^^
ではノシです。

バルトーク7/31 23:18:112212cfBcsmysAsVME||796
シェイラさん、こんばんわ!
気だるげな空気……いぃっすね、それ!そう言うのを書きたかったんすよ^^
桃は、もうガッツリといっちゃって下さい。

今回は、実のところ無色を目指してみたんです。
その中に桃の色彩があればナーなんてw だから、ぼやけた感じってのが嬉しかったかも。
ジャンル分けは、不能な作品ばっか書いてる気がしますわ。
いやぁっ、応援ありがとうですv

バルトーク7/31 23:21:232212cfBcsmysAsVME||977
熊とりすさん、こんばんわー
博士の豆知識は、書いてても楽しかったです^^

感想書くのが苦ってってのは大丈夫。オレも苦手だからw
そして返信するのはもっと苦手かも。
苦手科目だからこそ、頑張ろうとか(ナンツッテ

芸術発表会は、うん。やっぱテーマは夏だよね。
もうそろっと告知しようかと思います^

バルトーク7/31 23:24:62212cfBcsmysAsVME||616
たかちほさん、こんばんわー
毎回見られてたんすか。いやぁ、、嬉しいや恥ずかしいやら。
自分かて素人ですよまだまだ素人ですよ><、

桃は切るのが面倒だからガブッと……ってのが真相だったりもしますが(オイ
かぶりつくのは、ほんと手を汚さないのはなかなか難しかったりもするんですよw

空夕10/8 10:49:442202cfYb7wT3y/7J2||328
桃のことを調べられたのですね。
僕も、昔、調べたことがあって、
魔よけの一面が僕が好きでした。

でも、実際の木は、バラ科で、害虫とか大変なので、敬遠。
害虫とかからしてみれば、とってもオイシイ有難い木なわけですが・・・

僕のお勧めは柿です。
ゴツイ葉とかシブ柿とか、虫からしてみれば、
とっても食べにくい木なわけですが・・・

空夕10/8 10:55:102202cfYb7wT3y/7J2||752
感想を書かねば。

えっと、・・・文庫とか読むの苦手で、少し苦手意識が出ちゃいました。
お母さんが亡くなって、お父さんが仕事ばかりで、
きっと、孤独な主人公。テストとかの面では頭がいいかもしれない。

でも、誰かから励ましてもらえないことって、自分の自信とかが育たないみたいで、
きっと、不安なんだろうなって思いました。

これから、親友ができたりする過程で、
自信の無いという面が所々で顔を出してしまうのかな。
波乱万丈な人生であっても、
強く正しく生きて言って欲しいと思いました。

そんな風に、作品世界を考えました。

バルトーク10/18 20:38:482212cfBcsmysAsVME||131
………………Σ(・ω・ノ)ノ
空夕さん、読んで頂いてありがとうございます。
桃はwiki様で調べてみました。なるほど、桃の木はなかなか近所でみることはありませんね。柿の木はそこらじゅうにありますし―――そんなうちはド田舎ですよーだww

彼は孤独な人間です。
家庭でも孤独で、だから博士という自分の二面性で傷を慰めていたのかな……とか。
彼は決して弱い人間では無いです。ぜひ強く生きていって欲しいものです。
空夕様の作品世界の考察、作者である自分もなるほどと思いました。

最後に、過去に埋まっていたはずの作品を発掘して感想を書いていただいてありがとうございました!!


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