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3377Over_The_Horizon〜僕は猫と空を行く〜sIs10/26 18:12:182182cfHM8/6X5wMCk
作者:橘 早月さん
※これは実在する小説です(つまり小説の紹介です)
ちょっと古い本なのですが、面白かったので紹介します。
本屋で見かけたら読んでみてください^^;

これは飛行気乗りに憧れる(?)ある青年の話・・・

sIs10/26 18:17:132182cfHM8/6X5wMCk||498
 自分の指が紙片を捲り上げる乾いた音を、男は歓喜の中で聞いた。唇の上で整えられた口髭が、興奮の余韻を残したように揺れる。
「奴の動きを監視していて正解だったな」
 歪められた唇から吐き出された言葉は、やはり歪んだ欲望にぬれて、響きは暗い。重厚な執務机に投げ出された封筒を、男は嘲りの色も露わに見下した。
 ズィクムンド様、と封書に記された宛名は、男の物ではない。彼が今、手にしている封筒の中身も当然、男に宛てた物ではなかったが、それを気にとめる様子もなく、うっそりとほくそ笑んだ。

sIs10/26 18:23:82182cfHM8/6X5wMCk||361
「反乱の確証を押さえることはできなんだが、思わぬ副産物があったものだ」
 眼を通していた手紙を机上に投げ出し、男は口元で指を組む。暗い茶色の双眸が狡猾そうな光を宿して、己が投げ出した紙片の上を視線がゆっくりと撫でた。
 彼の部下に宛てられた手紙は、本来の持ち主の手に届く前に、男の目に晒されている。国境の警備隊で副隊長を務める男に、彼の探し人の消息を伝える手紙。その前半は、男の興味を引くようなものではなかった。部下の親友の息子が、マレクと言う町の整備工場に勤めていること。彼が飛行機乗りなりたいと夢見ていること。どちらも男にとっては価値のない情報だ。

sIs10/26 18:29:32182cfHM8/6X5wMCk||79
その青年の父親は男にも覚えがあったが、彼の息子がどこで何をしていようが、興味はない。
 だが、親しげな様子で書かれた報告の中に、男にとって一際重要な言葉を見つけて、思わず眼を瞠った。
『アウローラの設計図は、今も彼の手にあるようだ。ヤツェクが残したのだろう』
 その菜が、なぜここで出てくる。
 僅かな間、男は視界を閉ざして考えを纏めると、何か思い至ったか唇の端から笑声を漏らした。そして、沈黙を保ったまま執務机の前に立っていた部下に、声をかける。

sIs10/26 18:34:552182cfHM8/6X5wMCk||643
「アウローラの設計図が手に入りそうだ。お前たちにも協力して貰う事になるだろう。ペトルにも伝えておけ。それに・・・・・・ステラはどうしている?」
「は。例の格納庫だと思われますが」
「そうか。御苦労、もう下がって良い」
 許可の形を装った命令に、直立不動の姿勢を保っていた部下が、敬礼をして背を翻す。去っていくその後ろ姿を見送って、部屋に一人残された男は、瞳を眇めて薄く笑った。男が背に負った窓の外には、乾いた赤い大地が広がる。眼で見ずとも脳裏にこびりついたように鮮明なその景色を思い描きながら、笑顔はやがて、低い呪詛と変わった。

sIs10/26 18:39:12182cfHM8/6X5wMCk||830
「こんな所で終わるものか。俺は」
 呑み込んだ言葉は声になることなく、部屋の隅々まで息苦しい沈黙を落とした。

 工場の埃っぽい空気を、高速で回転するプロペラがかき混ぜる。エンジンから吐き出される音は唸り声に似て、早くあの青空に戻せと叫んでるようだ。まだ塗装を済ませていない修理部分を光らせながら、既に飛び出すつもり満々の機体を、青年の手が宥めるように叩く。
「まあ、待てよ、テレサ。お前のご主人様は明日の朝一番で引き取りに来るんだ、その前に化粧ぐらい済ませておかねぇと、いくら美人でもマナー違反ってもんだろ」

sIs10/26 18:45:142182cfHM8/6X5wMCk||708
 精悍な顔をニヤリと歪めて口元を拭えば、油の汚れが広がってみっともない様になったが、当人は気にした様子もない。エンジンのスイッチを切ってプロペラを止めると、テレサと呼ばれた機体は、不満げな振動を残しながらも大人しくなった。
 若い同僚と修理を終えた機体を、少し離れた位置から見守っていた男が、感心した様子で頷いた。
「プロペラの調子も問題なしだ。いいデキじゃねぇかトウジ。こりゃあ、明日のテスト飛行が楽しみだな」
「そりゃ、俺がエンジンに手を入れたからだよ。明日にはこの美人が空の上だぜ、ボジェットのオッサン」

sIs10/26 18:50:192182cfHM8/6X5wMCk||982
「こいつ、いっちゃん若ぇくせに生意気言いやがる」
 軽く頭を小突いてきた男に、青年は「歳が若いのと腕が若いのは別さ」と澄まして返した。ペンキ缶を持って塗装を始めた工員の背中を、男は苦笑して見守る。禿げ上がった頭を撫でて何か言い返してやろうかと思案していると、トウジと呼ばれた若い男の方が、幾らか得意げな様子で言った。
「それに、俺ももうガキじゃねぇよ・今日で十七だ」
「そうか、トウジももう十七か。一人前の男だな」
「おう」
 早いもんだな。
 懐から煙草を取り出して唇に挟むと、男は煙と共に小さな呟きを吐き出した。

sIs10/26 18:54:152182cfHM8/6X5wMCk||517
年月が経つのは早いものだ。戦争孤児のトウジが工場に勤めて四年。あっという間に大きくなって、今日で十七歳になると言う。十七といえば立派な大人だ。確かに、子ども扱いして良いものではない。
「言ってる事はがきの自分と変わらねぇくせによ。お前はいつでも同じだ。いつか空を飛ぶ、そればっかりだな」
「当たり前だろ。親父は飛行機乗りだった。戦争で死んじまったけど、お袋だって親父は立派な飛行機乗りだったって言ってたよ。俺も親父みてぇに空を飛ぶぜ。ガキの頃、この工場で親父の飛行機を見たときから、ずっとそう思ってたんだ」

sIs10/26 18:58:212182cfHM8/6X5wMCk||408
 損傷が激しくて取り替えた尾翼にペンキを吹きかけながら、当時は誇らしげな言葉を返す。
 トウジの父は、御免前に戦争で亡くなるまで、空を自由に駆ける飛行機乗りの一人だった。愛機を駆って空を飛び回っていたため、家に戻る事もままならない男だったが、思い出したように我が家に帰れば、幼い息子に空は良い、飛行機は良いと口癖のように語る、典型的な空の男。まだ幼かった頃、父が修理に出していた飛行機をこの工場で見て以来、トウジの夢は一度も変わらず、飛行機乗りになることだ。

sIs10/26 19:2:262182cfHM8/6X5wMCk||19
 今はまだ、自分の飛行機をもてるだけの金がない。それに、飛行機乗りになるためには難しい試験を通らねばならず、夢は未だ夢のままだが、いつか必ず、父と同じように空を飛ぶ。口癖のように、そう繰り返してきた。
 それに、小さな町工場の仕事の給料は安いが、時折こうして飛行機の修理依頼も舞い込んでくる。気のいい仲間に囲まれ、大好きな飛行機に触れるこの仕事をトウジは気に入っていたが、美しい機体を目にする度、夢が募るのも事実だ。今も、塗装の仕上がりを待つのみとなったテレサを見ていると、すぐにでも空に飛び出したい気持ちに駆られる。

sIs10/26 19:7:512182cfHM8/6X5wMCk||954
「しかしよ。折角の美人だっつーのに、何でこんな地味なペイントすんだよ。暗い緑に迷彩って、この化粧での嫌いじゃねぇけど、こいつには似合わないぜ」
「しかたねぇのさ。最近じゃ、この辺りの飛行機乗りはみんあ、空軍の所属だ。郡で決められた色に塗るしかねぇ」
 彼らの住むイェジは国土の半分以上を砂漠と荒れ地が占める国で、昔から土地は貧しい。しかし国内に幾つもの鉱山を抱えて、鉄鋼技術は進んだ国だった。飛行機の量産に始めて成功したのもイェジで、そのため、飛行機乗りの国として勇名を馳せたこともあったのだ。長く続いた戦争で、国も民も疲弊するまでは。

sIs10/26 19:13:72182cfHM8/6X5wMCk||782
「勝てねぇ戦争なんざやるもんじゃねぇな」
隣国の内乱に触発される形で始まった戦争は、初めこそイェジが優勢で押していたものの、後半には形成を違え、泥沼の消耗戦と化していた。五カ国を巻き込んだ戦乱は、結局、どこの国も戦争を続けるだけの力がなくなり、自然と沈静化はしたものの、各国に大きな傷跡を残している。イェジでは多くの鉱山が枯れ、優秀な飛行機乗りを多く失い、厳しい出国制限をひいて国民の流出を防がなくてはならないほどだ。かつては自由に空を飛んでいた飛行機乗りたちも、今はそのほとんどが、空軍に所属する事を余儀なくされている。

sIs10/26 19:17:412182cfHM8/6X5wMCk||910
「つまんねぇなぁ、こんな色ばっかり。親父の飛行機は目の覚めるような青だったのに。ああいう色に塗ってやりたいよ、こいつも」
「お前、塗装が上手いからな。折角の腕も、同じ迷彩ばっかじゃあ、見せ所がねぇな」
 からかうようなボジェットの声に、トウジが小さく鼻を鳴らす。飛行機の修理に携われるのは嬉しいが、確かに、同じ迷彩模様ばかりを塗り続けるのはつまらない作業だ。
「この国じゃあもう本物の『自由な男』はいねぇのよ。一人でやっていける飛行機乗りなんさ、幾らもいやしねぇ。鉄が少なくなったのも痛かったが、何より人間にそんな気力がなくなっちまった。今は誰でも、食っていくので精一杯よ。なさけねぇ話だがな」

sIs10/26 19:23:402182cfHM8/6X5wMCk||147
 トウジが塗り上げた飛行機を見ながら、ボジェットの吐き出した声は、どこか寂しげだ。整備士として、また修理工場の技師として長く飛行機に携わってきた彼は、飛行機乗りに負けないくらい、空を舞う鉄の機体を愛している。その数が年々減っていくのを見るのは、彼にも辛かった。ボジェットの工場も、昔は飛行機を専門に修理していたのだが、近頃ではタンクもトラックも、何でも見る。飛行機の数が減り、軍部がそれを占有するようになると、飛行機専門では食っていけなくなったのだ。今では、工場の前に伸びる滑走路も、使われる機会がぐんと減った。

sIs10/26 19:29:152182cfHM8/6X5wMCk||503
 鉱石の産出量が少なくなった事もある。人材を多く失ったのも、イェジにとっては大きな打撃だった。だが、何よりもこの国から空を遠ざけたのは戦後の国策の変更だっただろう。元より土地が痩せて貧しいイェジでは、戦後に深刻な食糧難が問題となった。赤く乾いた大地で育つ作物か少なく、今までイェジの民を支えていた鉄鋼業も下火となっては、日々の生活もままならない。その為、国を捨てて隣国へと逃れようとする者も多かった。イェジの政府はそれを恐れ、国民の流出を押さえるために厳しい出国制限をひいている。国境には警備隊が置かれ、許可なく国を出ようとする者たちを厳しく取り締まった。

sIs10/26 19:34:452182cfHM8/6X5wMCk||254
 そうなれば、今まで自由に空を行き来していた飛行機乗りたちも、元の仕事では暮らしていけなくなる。小荷物の配達で生活していた者は軍部への所属を余儀なくされた。曲芸飛行を見世物にしていた連中も同じだ。今は、彼らの芸に金を払ってやるような余裕がある人も少ない。今や軍属ではない飛行機乗りなど、いないに等しいのが現実だ。
 だから、トウジの夢も現実になる可能性は極めて乏しい。それが分かっていても、ボジェットは青年の夢を否定しようとは思わなかった。息子が父の背中を追うのを、誰がくだらない事だといえるだろう。それに多分、本人だって分かっているのだ。その夢を実現するのがいかに困難であるか。

sIs10/26 19:41:42182cfHM8/6X5wMCk||310
 ──つまらない時代になっちまった。
 声には出さず、その言葉を胸に呑み込む。整備士としての腕ではいいのだ。当人が言うように、若いくせに技術が身についている。いずれ、叶わぬ夢から眼を覚まし、現実を見据えるときが来るだろう。彼ももう、子供ではない。
 飛行機の塗装を始めたトウジは、眼を細めて鼻歌を奏でている。飛行機に触れていられるだけでも嬉しいのだろう。現実の厳しさを知りながら、まだ夢を捨て切れない横顔にあどけなさがあって、それが寂しかった。
「ま、早くその仕事を終わらせちまうこった。十七の誕生日とあっちゃ、一杯奢ってやらないわけにもいくまい。他の連中にも声をかけて、祝いの席を設けてやる」

sIs10/26 19:43:82182cfHM8/6X5wMCk||556
 不意に湧き上がった寂しさを誤魔化すようにそう言いながら肩を叩くと、若い工員は歓声を上げて塗料の缶を握り直す。
「じゃあな。テレサの化粧をしっかり頼むぜ、ボウズ」
 もうこいつも「ボウズ」と呼ばれる歳ではなくなったのだなと思いながらも、ボジェットはそれだけ言うと作業場を後にした。

sIs10/26 19:44:212182cfHM8/6X5wMCk||566
〜終了〜

読んでくださった皆さんありがとうございます。この15ページを移すのに1時間半もかかってしまいました^^;感想お待ちしております


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