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5458猫頭山・三ダンディずん5/24 2:32:426122cfoMAVqdadA4U

あなたは猫頭山という山を知っているだろうか。
 
幾人もの女と猫たちの生命が刻まれた、死と誕生の碑を。
 

ダンディずん5/24 2:33:516122cfoMAVqdadA4U||744

 侍女に導かれて部屋に入ってきたのは、まだうら若い少女であった。

歳は十五か六と言ったところ、透きとおるほど、という形容そのままの白皙の美女で、袖の広い見慣れぬ異国風の服を纏っていた。その腕の中には、やはり見慣れない小さな動物が抱かれており、灰色に縞模様の顔を袖の陰からのぞかせ、その愛らしい大きな瞳をくるくると回していた。

 左大臣は、伏しもせず顔を隠しもせず、目の前に恬然として立っている女を、ゆっくりと頭の先からつま先まで眺めた。
 
左大臣は春の陽射しで温んだ水のような、暖かなものが心の奥を染み渡っていくのを感じた。
 

ダンディずん5/24 2:34:246122cfoMAVqdadA4U||250

「変わらないな」

 女はふわりと笑った。

「最後にお会いしたのは、十年も前のことでしたね」

 左大臣は震えのように、かすかに左右にかぶりを振った。

「初めて会った時と、ちっとも変っていない」

 そう言いながらも、左大臣は女の顔をじっと見つめていた。まるでその透きとおる肌の向こうに、過去の情景が見えてでもいるかのようだった。
 

ダンディずん5/24 2:34:576122cfoMAVqdadA4U||192

「あなたこそお変わりないようで、なによりです」

「年を取れば誰だって、十年くらいでは何も変らんようになるもんだ」

 このあらゆるものを押し流す津波のような数十年を越えても、ふたりは何も変ってはいなかった。変ってしまったのは周りだ、という思いが、左大臣の頭をよぎった。
 

ダンディずん5/24 2:36:456122cfoMAVqdadA4U||500

「ああ、貰った。あいかわらず見事なものだ」

「宮中の梅は花も香りも仰々しくて、やはりあの梅にはかないません」

 そう言いながら、女は庭に目を遣った。そこには暮れなずむ空を背景に、一本の梅の樹がすっかり裸になった枝に雪を積もらせていた。その樹の姿に、左大臣は思わず嘆息をもらした。
 

ダンディずん5/24 2:37:286122cfoMAVqdadA4U||362
「本来ならこちらが礼を尽くさねばならない立場だろうが、昔のよしみだ。このままで勘弁してくれ」

 女はまた笑った。

「左大臣、あなたは私の後見人ですよ。それに、左大臣といえば全ての臣の上に立つお方。何を畏まる必要があるでしょうか」

「そうは言えど、今ではお前はただの神祇官ではない。一の卜部だ。太白神から直接お言葉を授かる、帝の次に貴い御仁なのだぞ」

 左大臣の彼らしくない言葉に、女は彼の抱いている思いや不安を悟り、逆に解き放たれたような気がして、ほっと息をついた。
 

ダンディずん5/24 2:38:126122cfoMAVqdadA4U||277
 
「官名は所詮、公で政を行なう時にのみ与えられるもの。こうして向かい合っているあなたと私の間で、そのようなものがいったい何の意味を為すでしょうか」

 その言葉は、女からの自分の疑念への答えなのだと、左大臣は悟った。そして、稚児のように短く切りそろえられた女の尼削ぎの髪が、折からの風に吹かれて揺れているのを見た。

 しばらく二人の間には、風の通り抜ける乾いた音と、目白のさえずりだけが響いていた。左大臣は女の瞳が全てを語るのを見て取ったが、やがて重々しく口を開いた。
 

ダンディずん5/24 2:38:376122cfoMAVqdadA4U||374

「野に下るのか」

「はい。すでに今日、帝から勅を仰せつかまつりました」

 女は即座に、軽く答えた。左大臣とは対照的に、その声に沈んだ調子はなく、晴れやかにさえ聞こえた。

 その時、女の胸元から灰色の塊が飛び出し、小気味好い音を立てて板張りの床に降り立った。
 

ダンディずん5/24 2:39:316122cfoMAVqdadA4U||673

 それは、あの珍しい小動物であった。

 それは床に降り立つと、小走りに左大臣の元へ駆け寄ったが、膝のすぐ手前まで来ると、急に片足と尻尾を上げたまま静止して、膝に乗って良いか確かめるのように左大臣の顔をのぞきこんだ。

垣の隙から差し込む橙色の夕陽を浴びて、それの瞳の奥で瞳孔がまるで蛇の目のように細く鋭くなった。
 
 左大臣はそのおかしな仕草に思わず吹き出した。笑いながら腕を伸ばしてそれを捕まえ、あぐらをかいた膝の上に抱き上げた。
 

ダンディずん5/24 2:40:76122cfoMAVqdadA4U||363

「白虎、お前か。お前もいつまで経っても変らんな」

 白虎、と呼ばれたそれは、猫の仔であった。左大臣の膝の上で、白虎は甘えるように体をくねらせ、顔をこすりつけ、服に爪をたて、最後に小さなくしゃみをした。

左大臣は、赤子でもあやすようにその腕を持って揺すぶったり頭をなでたりした。
 
「その子のことは今でも、名で呼んで下さるんですね」
 

ダンディずん5/24 2:40:486122cfoMAVqdadA4U||956

 突如、ふたりの間に一陣の風が巻き起こった。

簾が身をうねらせながらばたばたと音を立てて揺れ、思わず手をかざした目の前が白い幕のようなものに閉ざされた。

風が止んだ時、吹雪かと思ったそれは床を埋め尽くし、左大臣と女を白光と馥郁たる香りの聖域で包み込んでいた。

左大臣は言葉もないまま、その白いものを一枚拾い上げた。
 

ダンディずん5/24 2:41:266122cfoMAVqdadA4U||860
 
 それは梅の花びらだった。

「白虎という名も」

 左大臣ははっとして、女の顔を見上げた。

「あなたがつけてくれたものでした」
 

ダンディずん5/24 2:41:566122cfoMAVqdadA4U||987
 そこには、あの日の少女が、身も心も変らないままで立っていた。
 
 今でも彼女は、あの日咲き乱れる白梅を指差し、彼に花の名を尋ねた、あの少女のままだった。

 左大臣は胸に、その瞳に貫かれたような痛みと、心の根雪が春光に晒され、溶かされていくのを感じた。

知らぬうちに両の目から涙が流れ、ふたりの間に降り積もった時間をも流し去るように、後から後からとめどなく溢れ出した。
 

ダンディずん5/24 2:42:186122cfoMAVqdadA4U||269
 
「乙」
 
 彼は、震える声で、女の名を呼んだ。
 
 女は黙ってうなずくと、またひとつ、ふわりと微笑んだ。
 

ダンディずん5/24 2:48:366122cfoMAVqdadA4U||887
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書くまでもないでしょうが、連載という形式上付記いたします

猫頭山・一 http://bbs.chibicon.net/bbs/t12-5393.html
猫頭山・二 http://bbs.chibicon.net/bbs/t12-5437.html

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marinoe5/24 9:47:442191cfKsHSaewD9OE||258
ずん様、おはようございます
とうとう、登場されましたね、ナウシカをイメージしてしまいました
もうちょっとアジアンビューティな楊貴妃とかでないところが
毒されてきってしまった私の貧困な脳みそを嘆きます
前回に描写された真っ白な半紙に漉き込まれていた真っ赤な紅葉、
籠の中に置いたとたん色があせていった・・・
ここにつきるのかもしれないけど、二人の会話から垣間みれる関係が
切なくて、哀しくて、とても良いです
うっとりした一日の幕開け、転ばないようにしないと

博多ダンディ(兄5/24 17:28:06122cfoMAVqdadA4U||824
マリーさん、こんにちは
世の素敵な古老たちを見ていると、老境に達するとは、夏の陽を受けた残りのような鮮やかな赤を
内に宿して枯れる紅葉になるようなことではないのかなぁと感じます
しかし、そのひとひらが孤独の檻に舞い落ちる時、紅葉は色を保ちながら色あせていくのかも
しれません
けれども、私は紙に漉き込まれた燃えるような赤の紅葉が、その内から一瞬の炎をあげて燃え尽きる様が
最も美しい赤なのではと思っています

博多ダンディ(兄5/24 17:29:486122cfoMAVqdadA4U||883
お気づきかもしれませんが、本文中の会話が一行抜けております
気をつけていたつもりですが、コピー&ペーストの罠にかかっていたようです
無念

marinoe5/24 22:4:82191cfKsHSaewD9OE||530
紅葉の赤、山が燃えているように見える、そんな時期は30年に一度の事だそうです
いつか見てみたいものです・・・・
ところで、私は国語のテスト、とても弱いタイプでしたので
これはこれで、ちゃんと読めてしまいました
・・・1行がとても気になって眠れなそう・・・

博多ダンディ(兄5/24 23:36:526122cfoMAVqdadA4U||761
森の辺で暮らす者として、ちょっと季節に手伝ってもらってでも
あの赤がクッキリと空に浮かび上がるところを見てみたいものです
抜けている一行は「枝はお受け取りになりましたか」というものです
・・・さて、どこに入るでしょう?

marinoe5/25 12:36:572191cfKsHSaewD9OE||808
それは、やはり、答えのすぐ前に置くのがいいかな、ヤッパリ
山が錦に彩られる様はきっと綺麗という一言で片付けるのはもったいないのでしょう
紅葉の赤というとどうしても山よりキャッチコピーと供に高桐院の写真ばかり
思い起こされてしまう・・・そう、ビロードのような苔むした絨毯を埋め尽くす赤
これは頭の片隅に追いやっときます
『赤がクッキリと空に浮かび上がる様』楽しみです


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