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5540猫頭山・四ダンディずん5/30 7:9:56122cfoMAVqdadA4U

あなたは猫頭山という山を知っているだろうか。
 
幾人もの女と猫たちの生命が刻まれた、死と誕生の碑を。
 

ダンディずん5/30 7:11:146122cfoMAVqdadA4U||873
 
                ***

 長谷時津彦は走っていた。

 彼は昨日から一晩中、ろくに眠ることもなく走り続けていた。

追っ手がすぐ近くまで迫っていた。山に入って一度は撒いたと思ったが、油断したところに矢を射掛けられ、右腿に深手を負った。

その場は数人斬って逃げおおせることが出来たが、次に鉢合わせたら命が無いのは火を見るより明らかだ。重くて邪魔だと、木製の甲冑も脱ぎ捨ててしまっていた。
 

ダンディずん5/30 7:12:156122cfoMAVqdadA4U||670

 走っているうちに腿から痺れが上り、肩甲骨のあたりまで感覚がなくなっていた。時津彦は右半身を覆う鈍痛にとうとう歩調を緩めた。

右足を引きずりながら谷沿いに山をやや下り、清流を見つけると、傍の苔むした岩の上に腰を下ろした。

水に足を浸して傷口を洗うと、氷柱で刺されたような衝撃が全身を駆け抜け、思わず声を漏らした。それから一口水を飲んだ。

 息が整うまで待ってから見上げた空は複雑に絡み合う木の枝で覆い尽くされていたが、その隙を縫って入る光で太陽の位置が分かった。どうやら進んでいる方角は間違っていないようだ。

ダンディずん5/30 7:12:486122cfoMAVqdadA4U||266

 ――国境まで行けば、なんとかなるだろう。

時津彦は苔の上に仰向けになると、木の間にのぞく初春のくすんだ青空を見上げながら、昨日の戦のことに思いを巡らせた。




ダンディずん5/30 7:13:536122cfoMAVqdadA4U||520


 三河原攻めの結果は、彼らにとって初めての敗走に終わった。

筑紫で兵を挙げ、諸国の豪族たちを打ち破りながら破竹の勢いで東へ攻め上がった彼らであったが、ここに来て太白神信仰の根深さとその理由を嫌というほど思い知らされることになったのだ。

ダンディずん5/30 7:14:346122cfoMAVqdadA4U||197

 そもそも作戦の陣頭指揮を岸下部若比佐が執ることになった理由から、彼には全く理解できなかった。

彼から見れば、岸下部若比佐はただの虚栄心と私利私欲の塊のような男であった。彼も岸下部も同じ筑紫の豪族の子息であったから、岸下部氏の内情も大体把握していたが、この戦で若比佐がこちら側についたのも、単に自らの兄に対する敵対心からだと読んでいた。

志の浅薄さを除いても、大した武功もなく、ただ早くからこちらについていたという理由だけで大きな顔をしている彼を、快く思わない者も少なくなかった。

ダンディずん5/30 7:15:236122cfoMAVqdadA4U||820

 そういうわけであったから、まさか天之平原命が岸下部の進言を受け入れようなどと夢にも思っていなかった。

岸下部は皆の知らぬ間にまんまと指揮権を握り、三河原攻めの作戦を好きなように作り上げてしまったのだ。

三河原は伊ノ山の麓に広がる扇状地であり、その先端にはこの三河原の領主、馬淵一族の居城があった。

山を背負って周囲を土塁と柵で固め、その外をさらに鹿子川の水を引いた堀で囲った堅固な砦である。

しかし、この先の大和攻めの拠点としてどうしても押さえておきたい場所でもあった。ここから己凝山までは、もう目と鼻と言っても良い距離しかない。


ダンディずん5/30 7:16:336122cfoMAVqdadA4U||907

この難戦に臨み、岸下部若比佐は兵を四隊に分けた。

三隊はそれぞれ三河原を流れる三つの川、すなわち鹿子川、生麻川、助川の三方を塞ぎ、物資の流通を止めると同時に馬淵氏を誘い出す。

相手が打って出たところに、手薄になった城を第四隊が伊ノ山側から急襲して占拠し、逃げ場を失った敵軍を四方から囲い込む、というのが彼の作戦であった。

だが、時津彦はこの作戦の成功には懐疑的であった。

ただでさえ数の上で負けているのに、四分の一の兵であの不落と言われる城が落とせるものだろうか。

それに地勢なら敵方がより詳しいはず。この程度の策で騙し討ちなどうまくいこうはずがない。
 

ダンディずん5/30 7:18:436122cfoMAVqdadA4U||375
 
 作戦決行の前夜、物見の火の下に集まった幾人かの仲間たちも同じことを考えていた。皆、岸下部をよく思わない者たちばかりであった。

 その中のひとりが、もうひとつの懸念をもらした。

「馬淵には泣沢女という巫女がついているらしい。となると、これは今までの戦とはわけが違う。神と神の戦という事じゃて」
 

ダンディずん5/30 7:20:06122cfoMAVqdadA4U||21
 
 時津彦も、このナキサハメと名乗る巫女のことは耳にしていた。

豪族の多くは太白神を奉じ、その言葉の受け手として巫女を傍に置いていた。

しかし、噂によれば、泣沢女の力は並の巫女のそれと比べものにならないほど強く、太白神に語りかけることであまつちの一切のものを意のままに操れるという。

もし泣沢女の力がその通りのものであったのなら、確かにこの戦は神と戦うも等しいことであろう。
 
だが、時津彦は、

「太白神など、まやかしに過ぎん」

と吐き捨てて腰をあげると、その足で天之平原命に直訴に赴いた。

彼にとって今恐れるべきは太白神ではなく、岸下部若比佐の杜撰な作戦の方だった。
 

ダンディずん5/30 7:21:306122cfoMAVqdadA4U||877
 
 時津彦は自分より十も若い頭領の横顔を見ながら、その心中の計り知れなさに歯噛みした。

自ら太古の神のひとりを名乗り、十五そこそこから一大勢力の頭領としてその才略を遺憾無く発揮してきたこの男を見ていると、時津彦は時として深い闇を覗いたような不安を覚えた。

しかし、その世俗を越えた超然たる態度は、彼を前にする者たちに神威にも似た圧力を感じさせ、彼の言葉に説得力を与えていたのも事実であった。

 時津彦は外に出ると、長い間、月明かりの野に寝転び、遠くに煌く星を見上げていた。

 夜明けは近いはずであった。
 
 
 

ダンディずん5/30 7:23:166122cfoMAVqdadA4U||405
 
 時津彦ははっと体を起こすと、辺りを見渡した。たしかに人の気配がした。
 
ひゅうと風を切る音に、咄嗟に身を引いた。
 
途端に何かが右目すれすれをかすめ、彼のすぐ傍の木に突き刺さった。
 
矢であった。

時津彦は舌打ちすると、身を低くしたまま全力で駆け出した。
 

ダンディずん5/30 7:24:406122cfoMAVqdadA4U||755
 
 やがて森が途切れ、目の前に踏み分け道が現れた。時津彦は勢いのまま道に踊り出ると、ひたすら坂を下った。

もう国境は越えた、あとは人里に出さえすれば、という考えが駆け巡り、腿の痛みをもかき消した。
 
 
 突然、道の先に佇むひとりの少女の姿が目に映った。
 

ダンディずん5/30 7:26:166122cfoMAVqdadA4U||916
 
 すぐ背後には武器を持っていきり立つ男たちが迫っている。

 少女は白い顔をして、ただじっと立ちすくんでいる。
 
 
 ――これまでか。
 
 
 時津彦は全速力で最後の道程を駆け抜けると、渾身の力を腕にこめて少女を突きとばした。そして土煙を上げながら足を止めると、剣を抜きながら体を翻した。
 

ダンディずん5/30 7:27:136122cfoMAVqdadA4U||332
 
 だが、振り向いた彼が見たのは、体のそこかしこを引き裂かれ、その赤い裂け目からどくどくと流れ出る血にまみれて転がる、追っ手たちの屍の山であった。

 時津彦はそのあまりの光景に呆然と立ち尽くしていたが、着物の袖をくいくいと引っ張られ、我に返った。
 
 土と血で汚れた袖を、小さな白い手が袖を握っている。
 
 あの少女だった。
 
 彼を見上げるその顔は透きとおるように白く、瞳には全く怯えたところはない。その身には変った形の白い服を纏い、腕には小さな仔猫を抱いていた。
 

ダンディずん5/30 7:27:436122cfoMAVqdadA4U||911
 
 時津彦は先程までの張り詰めた気持ちとは打って変わり、なにか夢でも見せられているかのような心地であった。

彼が言葉を失ったまま少女を見つめていると、少女は袖から手を離し、道の脇を指差した。

その指に導かれるように目を向けた先には、ほころびかけた蕾をたくさんつけた、一本の樹が立っていた。
 

ダンディずん5/30 7:28:166122cfoMAVqdadA4U||54

「梅か。珍しいな」

 時津彦がそうつぶやくと、途端に少女は瞳を輝かせた。

「うめ、うめ」

 歌うように幾度もその名をつぶやきながら少女は樹の根元まで駆けていき、その手が幹に触れた瞬間、不思議なことが起きた。


ダンディずん5/30 7:28:466122cfoMAVqdadA4U||398
 
 まるで少女の手元から枝先まで春の息吹が行き渡るかのように、幹に近い方から次々と蕾が開き始めたのだ。

呆然と見守る時津彦の目の前で、梅は白い花を枝いっぱいにつけ、優しい芳香で彼を包み込んだ。
 

ダンディずん5/30 7:29:56122cfoMAVqdadA4U||166

「…お前、何をしたんだ?」

 純粋な驚きに思わず尋ねた時津彦に、少女はふわりと笑いかけた。

春風に髪をなびかせるその白い姿は、咲き乱れる白梅の花のひとつのように、静かに、美しく輝いていた。
 

ダンディずん5/30 7:35:106122cfoMAVqdadA4U||523
 
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ものすごく眠いです。そして風邪を引いています。
そんな体調で描いた今回は、非常に説明臭くてなかなかつらいものでした。
書き手がつらい部分は、読み手にとってもしんどいところ。
そう理解っていながらも描かねばならないのがストーリーのある話の宿命なのですが、
いつかは読み手が自由に遊べるような世界を描いてみたいものです。
 
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ダンディずん5/30 7:35:346122cfoMAVqdadA4U||383
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ダンディずん5/30 7:44:126122cfoMAVqdadA4U||113
がびーん コピペの呪い、ふたたび三たび

”しかし、時津彦の建言に対して天之平原命は、瞑目して外方に顔を向けたまま、「岸下部に従え」と一言命令を下しただけであった。”

と、

” 追っ手たちの怒号と放たれる矢を背中にじんじんと感じながら、時津彦は走り続けた。足元で朽ち木が弾け、枯れ葉が舞った。枝が頬を切り、服を裂いた。湿った土に足を滑らせ、幾度か斜面を転げ落ちた。腿の傷口が開き、血が流れ、泥がしみた。汗が視界を覆い、頭の中で金属質の音が鳴り響いていた。それでも彼は走りやめなかった。”
 
随分抜けたのに話がつながる不思議

marinoe5/30 9:51:282101cfZoxm4jglBcA||266
ずん様、おはようございます☆
左大臣と乙との出会いの物語・・・かっこいいです。
まるで、源平合戦さながらにワクワクしてしまいました。
説明臭さは全然感じられない筆運び、春まだ浅い山、
常緑樹以外はまだ、禿げ坊主の山、隠れるには見通しが良すぎて、
星の輝きも日に光も踊っていたことでしょう。
そこに不思議がふわっと現れた様にうっとり。
私の楽しみのためにもしっかり、風邪は退治してくださいね。
肺炎はこの頃また流行病になったようで、お医者さんに行った方が良いですよ。

博多ダンディ(兄5/30 10:30:526122cfoMAVqdadA4U||496
marinoeさん、おはようございます
幻想物語と聞いて「剣と魔法」ではなく「農耕と牧畜」を思い浮かべてしまう私には
今回はなかなか骨が折れる話でした
おまけに南国の山中で森を学ぶ者としてはどうしてもconiferとevergreen broadleafの森ばかり
頭の中に出てきて、イカンイカンと方向転換した時にはすでに時遅し
そのせいでなにやら微妙な季節感になってしまいましたが、せめて彼らの見た白梅の白さだけでも
伝われば、鉄臭い血痰を味わいながら描いた甲斐があったというものです
もっとも、そのせいかおかげか、凄惨なシーンが一番さらっと描けましたが

marinoe5/30 16:46:292101cfZoxm4jglBcA||246
ずん様、落武者狩りとなるとどうしても残雪に点々と続く赤をイメージしてしまう
貧困というか固定観念が邪魔をしてしまう読者で、ごめんなさい。
もっと温帯から熱帯に掛けてのうっそうとした常緑樹の山ですね。
60年も永きにわたって、逃げ隠れができるような場所。
そう、きっともしかしたらと思わせてしまうような山、(独立運動にその当時の
落ち武者であった兵隊さんが活躍したにしてもやはり、その過酷の条件で
今の日本と同じ平均寿命がまっとうできる訳ないだろうけど、もしかしてと)
そして、花咲か爺さんよろしく真白木梅が突如咲き誇って行ったのですね。
その不思議を興した神々しさに納得です。

博多ダンディ(兄5/30 19:24:366122cfoMAVqdadA4U||636
やはりストーリーで上代以前の雰囲気を醸すのは難しいようで、
特に英雄譚から外れるとどうにも描きにくいものでありました。
漢文の知識もないので、誤魔化し誤魔化しの状態です。
うまく描く術はやはり、勉強あるのみなのでしょうが、それは今後の課題ということで
しばしナンデモアリな世界をお楽しみいただけたらと思います。

5円玉5/30 21:24:402182cfRUvPz7oIbC.||627
長くて読めません。攻めないで(ノ´盆`ノ)


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