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5718猫頭山・六ダンディずん6/16 7:21:476122cfoMAVqdadA4U

 

ダンディずん6/16 7:22:296122cfoMAVqdadA4U||792

 時津彦の五日後は、彼が思っていたよりも随分と先のものとなった。その晩のうちに腿の傷が化膿して毒が回り、熱に倒れたのである。
 
 朦朧とした意識の中で、時津彦は誰かの呼びかけを聞いた気がした。
 
ひんやりとしたものが頬をなで、心地よい冷たさに深い吐息をついた途端、体がふわりと宙に持ち上げられた。

あまりに軽々と抱え上げられたので、まるで赤子の頃に戻ったような気がした。

そのまま自分が馬の背のような柔らかいものに乗せられてどこかに運ばれていくのを感じながら、時津彦の意識は再び闇へと沈んでいった。
 

ダンディずん6/16 7:23:306122cfoMAVqdadA4U||705

 次に目を覚ました時、時津彦は薄暗がりに寝かされていた。

ぼんやりとした頭で、初めは夜なのかとも思ったが、どうやら洞窟の中であるらしく、岩陰から白い光が差し込んできているのが見えた。

ふと気付くと、彼の額の汗をぬぐう小さな白い手があった。

そのふんわりとした心地好さに思わず悪寒に震えながら握ったその手の持ち主は、あの不思議な少女であった。

少女は時津彦が目を開いたのに気がつくと微笑みを浮かべ、つっと立ち上がって光の中に消えていった。
 
そして再び光を割って戻ってくると、時津彦に竹で出来た筒を差し出した。
 

ダンディずん6/16 7:23:586122cfoMAVqdadA4U||789

 水であった。

少女に背を支えられながら体を起こし、震えのせいでこぼしながらもゆっくりと竹筒の水を飲み干した時、腹から全身へと染み渡っていく水の冷たさと一緒に、全身のこわばりと苦痛が漣のように引いていった。

手足からすうっと力が抜け、長く失っていた安らぎに満たされた心地になり、少女の手を握ったまま丸くなって眠った。
 

ダンディずん6/16 7:24:266122cfoMAVqdadA4U||568
 
 時津彦が動けるようになるまでの約十日間、少女はかいがいしく彼の世話した。

動けない彼に木の実や長芋を柔らかくしたものを食べさせ、水を飲ませたり傷の手当てをしたりもした。

少女の猫もたまに訪れては彼のそばに寝そべり、彼なりに介抱しているつもりらしかった。

 熱が引いて意識がはっきりし始めると、時津彦はじっと寝たまま洞窟内を見渡し、あの不思議な少女についてあれこれと思いを巡らせた。
 

ダンディずん6/16 7:25:26122cfoMAVqdadA4U||493
 
 洞窟は時津彦の背丈の二倍ほどの高さがあり、奥は深くまで続いているらしく、時折低いうなりを立てて涼しい風が吹きぬけた。

壁はなにか鉱物でも含んでいるのか、闇の中で赤くぬめるように光り、まるで血糊がこびりついているかのようにも見えた。
 

ダンディずん6/16 7:25:236122cfoMAVqdadA4U||503
 
 どうやら少女はこの洞窟に長い間住んでいるようだった。

洞窟の奥に並べられた竹篭の中には干した茸や葛根、椎や橡の実などが積まれていて、冬の間、少女はこれらを食べて生活していたことが伺えた。

しかし、少女の服はいつもこぎれいであり、このような山奥にずっと暮らしているとは信じられない気もした。

見た目から年齢は十二、三、その服装から渡来人ではないか、とも考えられたが、その推測は少女の謎を益々深めるだけであった
 

ダンディずん6/16 7:26:166122cfoMAVqdadA4U||136

 ――だが、そんなことよりも。

時津彦は少女と出会った日の出来事を思い出しては、どうしても頭から離れない疑念を幾度も転がしてみた。

そして、右腿の傷口に当てられた蓬の葉を眺めた。

 ――あの少女は、なにかがある。

 そう思うたびに、少女が採ってきたこの蓬の葉にも人知を超えた癒しの効き目があるような気がして、時津彦はその葉を手にとってしげしげと見つめた。

まだ若い蓬は葉裏に銀色の柔毛を生やしていて手触りよく、よく揉まれたせいで深緑色のさわやかな若い匂いがした。

それは時津彦の不安や不信をも覆い、只々快い香りであった。
 

ダンディずん6/16 7:27:26122cfoMAVqdadA4U||270
 
 熱が引き、ひとりで起き上がれるようになってから、時津彦は岩壁に手を突き突き、足を引きずりながら洞窟の外へ出てみた。

まぶしさに思わず目を細めた陽光は、臥せっている間にすっかり春の色へと移り変わっていた。

この洞窟は山腹の高い岸壁にぽっかりと口を開けた天然の岩屋であった。辺りには栗や小楢の樹が茂っており、入り口から正面はやや開けて見晴らしの良い崖へと通じていた。

あの少女独りでは、大人の自分をそんなに遠くまで運ぶ事は出来まい。ここは丹生岳付近のどこかだろう、と時津彦は見当をつけた。
 

ダンディずん6/16 7:28:466122cfoMAVqdadA4U||16
  
 少し離れた岸壁の際に、あの少女がいた。

地面を軽く掘った窪の中に細い枝を積み上げて、火を起こそうとしているところらしい。

少女の元へと足を進めかけた時、なあお、とか細い鳴き声がした。

はっとして足元を見ると、いつの間にか少女の猫が寄って来ていて、鼻をひくつかせながらそのなつっこい瞳で彼を見上げていた。

時津彦は親しみをこめて声をかけると、まだ目覚めきっていない腰をゆっくりと曲げて猫を抱えあげた。

時津彦が動けない間に、ふたりはすっかり顔なじみとなっていたのだ。

猫はもう慣れているので少しも抵抗せず、その体は生温かくぐにゃりとしていた。
 

ダンディずん6/16 7:29:376122cfoMAVqdadA4U||260
 
 その時突然、空気になにか只ならぬ気配が走った気がした。

時津彦は全身の肌が粟立ち、ぞわぞわと震えるのを感じた。

あの時感じた追っ手の気配のように、意識あるものが発する振動のようなものが一瞬にして大気に満ち、草木や大地までもが目覚めたかのようにざわめいて、それでいて妙に張り詰めた静寂が辺りを取り巻いていた。

時津彦は三河原で味わった、あの大水が攻めてくる直前の静けさを思い出した。
 

ダンディずん6/16 7:30:76122cfoMAVqdadA4U||58
 
 得体の知れぬ感覚に翻弄されるがままに、ただ立ちすくんでいた時津彦であったが、遠くにうずくまって座る少女の横顔を見て、はっと息を呑んだ。

いつもは白い頬がかすかに紅潮し、真剣な面持ちで柴の山を見つめていた。

その口元は何かつぶやいているように、わずかに素早く動かされている。

――何かが来る。
 

ダンディずん6/16 7:30:426122cfoMAVqdadA4U||236

 時津彦がそう思った瞬間、少女の目の前の薪の山から激しく赤い炎が立ち上った。

ごう、と音を立てて時津彦の背丈ほどまで上がった炎は、次の瞬間にはすっと引き、後にはぱちぱちと小気味よく爆ぜながら穏やかに燃える柴の山が残った。

少女は、ほっ、と小さく息をつくと、元の柔らかな表情に戻り、膝の土を払って立ち上がった。

そして彼女を呆然と見つめている時津彦の姿に気付くと、振り向いてふわりと微笑み、澄んだ声で言った。
 

ダンディずん6/16 7:31:16122cfoMAVqdadA4U||878
 
「おはよう」
 

ダンディずん6/16 7:37:346122cfoMAVqdadA4U||301
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大体毎週月曜の更新を目指していたのだが、
この長ったらしい回想シーンを早く終わらせたいと焦って書いたら
通常の分量をはるかにオーバーしそうになったので、急遽半分で掲載です
適当に見えて実は毎回の分量の目安を決めてあったり
おかげでまたやや説明臭いところだけになったのですが トホ
こうしてみるとナンデモアリなドファンタジーに流れそうですが、
書き手がこの私だけにあまり軟着陸はしないのであろう、
となんとなく未来予知してみたり
 
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ダンディずん6/16 7:38:246122cfoMAVqdadA4U||659
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marinoe6/16 8:43:422101cfsffFvSS6eiI||268
ずん様、おはようございます。
一番最初の出だしで、ネバーエンンディングストーリーの竜ファルコンと
アトレーユ少年の映像とだぶってしまって、ずっと、
BGMが勝手に流れてしまっている状態です.
それでも日本の春のお山はきちんとうまく嵌るようで、
例えば、子供の頃、熱で臥せっていた時のフワフワとした浮遊感、
すりおろしたリンゴの甘酸っぱさ、卵おじやのとろりとした感触とかを
懐かしく思い浮かべています.
もっと摩訶不思議が行われているようだけれど、今の私は
思い出のひだに守られているような嬉しさいっぱいです.

博多ダンディ(兄6/16 9:36:06122cfoMAVqdadA4U||413
marinoeさん、おはようございます
実はエンデ世界の洗礼は未だ受けていなかったりするのですが、
くずおれた騎士というのは白馬のプリンスにこそ似合うようで、
落ち武者ではただの行き倒れですね
体の苦しい時は人肌のぬくもりが一番の薬であると思うのですが、
おれは心の病いでも同じこと
歳を重ねるほどにくるおしいほどに恋しくなるのは、
思い出のせいでしょうか それとも、人の性なのでしょうか

博多ダンディ(兄6/16 9:36:566122cfoMAVqdadA4U||172
あら それ、が、おれ に
なんだか男気 いっそこのままにしてしまおうか


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