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5862猫頭山・八ダンディずん6/29 3:9:406122cfoMAVqdadA4U
 


ダンディずん6/29 3:10:236122cfoMAVqdadA4U||978

「すまん。お前の前だと、どうもいかん」

 左大臣は泣き顔を見られぬように、うつむいたまま目元をぬぐった。

「しかし、かえって良かったのかもしれん。これでやっと、お前の御降臨の務めもお終いだということだ」

 そう嘆息するように言うと、左大臣は安心と沈痛の念の入り混じった表情で乙を見上げた。

涙乾ききらぬそのおびえたような瞳は、どこか彼の腕に抱かれた白虎のそれに似ていた。

「たしかに、私の務めは終わりました。けれど」

 乙は表情を曇らせた。

「御降臨の儀はなくなりません」
 

ダンディずん6/29 3:10:586122cfoMAVqdadA4U||271
 
「莫迦な」

 左大臣が思わず膝を揺り動かしたので、その上で寝ていた白虎が驚いて起き上がり、短い抗議の声をあげた。

「お前がいなくなるというのに、どうして御降臨を続けられようか」

「帝はすでに、そのすべを手に入れられました」

「お前、帝に呪法が授けたのか。あんなに頑なに拒んでいたものを」

 乙は首を横に振った。

「博士らの事は、左大臣もご存知でしょう」

「博士というと……あの東から来た連中か」
 

ダンディずん6/29 3:11:576122cfoMAVqdadA4U||802
 
 三年前の年の瀬のある日、どこからかやって来た三人の異国人が京に現れた。

姿は長身白皙の老人で、髪は赤銅色にぎらぎらと光り、その鼻は異常なほど前方に突出していた。

支那国風のとはまた異なる奇妙な衣を纏い、その体からは獣のような肉食の匂いを発していた。

その異形に慄く民らを尻目に、彼らは京の中央を貫く大路を悠然と、しかし真っ直ぐに内裏を目指して歩いてきた。

帝は彼らの謁見の願いを聞き入れ、人を払い、長い間彼らと話し込んでいたという。
 

ダンディずん6/29 3:12:36122cfoMAVqdadA4U||262

「東方より西を巡り、この東の最果てにやって来た」と語る彼らを、誰からともなく皆「博士」と呼ぶようになった。

しかし、あれだけの騒ぎであったにも関わらず、すぐにその異形の異国人たちは煙のように姿を消し、行方を知る者はいなかった。

そして、いつしか誰もが彼らのことを忘れてしまっていた。
 

ダンディずん6/29 3:13:16122cfoMAVqdadA4U||442
 
「博士らは、まだこの国にいます。帝が己凝の麓に匿っておいでです」

「帝が」

 帝の片腕であるはずの左大臣も、それは初耳であった。

「しかし、何故」

「帝はあの謁見の日、博士らと何か取引をされたようです。帝が一体何をお命じになったのか、それは私にも判じかねますが、博士らの行なおうとしていることは凡そ見当がつきます」


 

ダンディずん6/29 3:13:136122cfoMAVqdadA4U||47
 
 左大臣は息を呑んで、その後に続く言葉を待った。だが、乙はそこで言葉を切ると、母屋の西まで歩いてゆき、手ずから御簾を上げた。

畿望の月が雲の切れ間に覗き、折しも天頂にかかろうとしていた。

その光を受け、一面に淡く積もった雪が白銀に輝いていた。

「今宵は、雪は降らないでいてくれるでしょうか」
 

ダンディずん6/29 3:13:446122cfoMAVqdadA4U||569
 
 空にささやきかけるようにつぶやく乙の眼差しは、かすかに憂いを湛えて震えていた。

その悲しみの震えが伝わったかのように、乙を見つめる左大臣の胸にも痛みが走った。

「御降臨の後の雪ほど、こたえるものはないからな」

 左大臣の言葉に乙はうなずくと、ゆっくりと振り向いた。その瞳にはもはや先ほどまでの憂いはなく、その眉は決然とした意志を宿していた。

「今日の御降臨、私の力ではありません。博士らの仕業です」
 

ダンディずん6/29 3:14:526122cfoMAVqdadA4U||918
 
「あやつらが……?」
 左大臣には乙の操る、清らかな美すら覚えさせる圧倒的な力を、あの脂ぎった目をした三人に真似できるとは到底信じられなかった。

「お気づきでしょうが、今年になり、帝の御降臨を仰せ付けられることの繁くなられました。

私はお考えを測りかねるまま命に従じておりましたが、今日内裏から御降臨を見た時、やっと合点が行きました。

今までの御降臨は、博士らが呪法を掠め取るためであったのだと」
 

ダンディずん6/29 3:15:306122cfoMAVqdadA4U||506
 
「……今日の御供は幾人だった?」

と、眉根をひそめて尋ねた。

「十二人と聞いております。夫役を拒んだ村の女子供が五人、陸奥国で捕らえた蝦夷人が六人、そして支那国と通じていた女官がひとり」

「支那国と通じておった、と?」

「あの狡猾な大帝のこと。もし事の顛末を、特に玉璽のことを知っているとしたら、いつどのような脅しをかけてきてもおかしくはないでしょう」

「東より怪しげな者ら来たりて、西には不敵な大国、北に蝦夷、そして南には禍根あり、か。四面楚歌というのに、帝は未だ御降臨などという愚かな儀を続けられるおつもりとは」
 

ダンディずん6/29 3:16:136122cfoMAVqdadA4U||595
 
 左大臣は深く肩を落とした。

三十年も仕えながら相変わらず全く理解できない君主に、歯痒さを通り越してもはや諦観するのみの自分の不甲斐なさを、喉の奥から低い唸り声を絞りながら呪った。

そして、彼の膝元で丸まっている白虎の背をなでながら、

「せめてお前が、西方を護ってやっておくれ」

と、つぶやいた。

「博士らをお抱えになっているのは、それだけが目的ではないでしょう。帝はなにか、とてつもなく遠大なことをお考えのようです。

それが証拠に、すでに帝は博士らの玉の緒を結ばれました」
  

ダンディずん6/29 3:16:406122cfoMAVqdadA4U||487

 玉の緒を結んだ、というのは、博士らが不死となったことを意味していた。

乙を除けば他に知る者もいないこの呪法を異国から来た怪しい者らにかけてまで帝が何を為そうとしているのか、左大臣にも全く及びのつかぬことであった。

「……あやつらの狙いは何なんだ?」

 乙はすっと腕を伸ばすと、庭を指差した。その先には、雪の中で季節外れの花を枝いっぱいにつける、一本の梅の樹が影絵のように浮かび上がっていた。

「左大臣は憶えていらっしゃるでしょうか。二十年前、山中ふたりで暮らしていた時、私がお話した、小さきものたちの話を」
 

ダンディずん6/29 3:17:126122cfoMAVqdadA4U||11
 
「あの頃のことは、最近のこと以上にはっきりと思い出せる。名のあるものは、名を持たぬ小さなものの集まり、だろう?」

「恐らくあの者らの目的は、全ての名の無き小さなものたちひとつひとつに名をつけること。名を知ることは世界とつながることであり、大きな喜びです。

しかし、もしそれが名の無きものたちにまで及べば、彼らは名に縛られて彼らの世界の扉を閉ざし、この世は色褪せてしまうことでしょう」

 乙が腕を下ろすと同時に、床一面に散っていた花びらを風がさらい、月光の中に筋を描いて消えていった。その様は、まるで川面の水の煌くようであった。
 

ダンディずん6/29 3:18:16122cfoMAVqdadA4U||752
 
「今はなんとも名状しがたくて、ただ美しさのみが際立って心打つこの梅の花の色にも、このふくよかな香りにも、いずれ全てに名がつけられてしまうでしょう。

せめてその時が来るまで、人々の心が枯れてしまわなければ良いのですけど」

「お前のような者がいる限り、その心配はないだろうよ」

 左大臣は微笑んだ。
 

ダンディずん6/29 3:18:526122cfoMAVqdadA4U||187

「儂は長い間、お前の蒔いてくれた種のことを忘れ、ただ徒に心の樹を枯らしておった。この屋敷で独り、終わることのない時の間をただ無為に生き、己が死んだことすら気付かぬままでいるのではないかと、そう思っておった。

だが今、お前の言葉が儂の中に再び花を咲かせてくれたようだ。本当にいつも、お前の呪術には驚かされる」
 
 乙はその言葉に、自分こそ吃驚した、というように瞳を丸くした。そしてかすかな笑みを浮かべた。

「そのお言葉、なんと嬉しいこと。けれども、私が花を咲かせるのも、これが最後となりましょう」
 

ダンディずん6/29 3:19:466122cfoMAVqdadA4U||18
 
 その言葉のきょとんとする左大臣に、乙は衣の襟をまくって首筋を月光に晒した。

そこには、首に合わせてぴったりと作られた首飾りが巻かれていた。

その首飾りはしろがねの細い帯にひと捻りを加え、表面に彫られた文字を辿るといつまでも輪を巡るように作られたものであったが、薄明かりの下でも真ん中でぷつんと輪が途切れているのがわかった。

「……お前、玉の緒が」

「帝が呪法を封じるように命ぜられました。呪を封じれば、法も解けます。

咲いた花もいつかは散ってしまうように、私の生命の灯火も再び、闇に還るその時に向かって燃えはじめました。

勿論、その白虎も」
 

ダンディずん6/29 3:20:416122cfoMAVqdadA4U||763

 莫迦なことを、と言いかけて、左大臣は口を閉ざした。

乙は承知の上でそれを承り、自ら術を封じたのだ。乙と左大臣の間に、言葉だけでは伝わらぬものが響いた気がした。

 乙は腰を降ろして白虎を呼び、抱え上げて肩に乗せると、

「この小さな白虎が、やがて立派な大人の猫になるのですよ。当たり前のことのようですけれど、そこはかとなく面白いではありませんか」

と言って、微笑んだ。
 

ダンディずん6/29 3:21:186122cfoMAVqdadA4U||697
 
「たとえ声を失おうと、まだ私には聞くことができるのですから、なにも案ずることはございません。

名も無き者らは、わざわざ頼まずとも好きな時にやってきては、私に様々なことを語ってくれますから。

どこにいようと、きっとこの京や貴方のお話を、私の元に運んできてくれるでしょう」

 乙は静かに立ち上がると、左大臣に背を向け、階に向かってゆっくりと歩を進めた。

小さな白い背が徐々に遠ざかり、宵闇に薄くなっていく。

「ここに留まる気はないか」
 

ダンディずん6/29 3:21:526122cfoMAVqdadA4U||115
 
 思いのあまり切り出した左大臣であったが、その声は既に答えを悟っているようだった。

「帝が許さぬでしょう」

「しかし、元はといえば、お前は儂とともに……」

「帝は四つ、玉の緒を結ばれました」

 乙は振り向かぬまま、左大臣の言葉を遮った。

「四つ、と?」

 三つは博士らの分。では、残るひとつは――。
 

ダンディずん6/29 3:22:246122cfoMAVqdadA4U||478

「腹に稚児がおります」

 さわ、と風が乙の衣を掠めた。

「……帝の御子、か」

 重い沈黙の後、やっと左大臣が口を開いた。

「私の生きている間に、この子が産まれてくることはないでしょう。私の腹の中で育たぬまま、永えに眠り続けるだけの生命です」

「支那国の娘を中宮に据えるのは不味い、というわけか……」
 

ダンディずん6/29 3:23:16122cfoMAVqdadA4U||950

 左大臣の胸のうちで憤りが出口を失い、ふつふつと沸いていた。だが今、なによりも強く彼を打ち据えていたのは、暗闇に落とされたような悲哀の情であった。

「これだけは聞いておきたい。帝はお前を、愛したか?」

 後ろ姿の乙の髪が、左右にゆっくりと振れた。

「帝は山に積もる深雪のような御方。いかに温かいものを注げども全て飲み尽くし、それを凍てつかせて益々身を固くなさる。

私は帝を愛しませんでした。帝もまた、私を愛しはしませんでした。けれども、帝は私を欲し、また、私も帝のお傍にいることを欲しました。

永く生きた私が言うのはおかしいかもしれませんが、これが宿世というものなのでしょう」
 

ダンディずん6/29 3:23:466122cfoMAVqdadA4U||828
 
 乙はまた数歩、足を進めた。左大臣はその今にも消え入りそうな乙の背中が、闇の中に光を発して輝くのを見たような気がした。

 ふっと乙は歩を緩めると立ち止まり、

「目白、随分と大事にしてくださっていたようですね」

と言った。

「けれども、呪法の解けた今、あの目白もそう永くはないでしょう。もし良ければ、梅の季節に、野に放してあげてはいただけませんか。貴方のお手で」
 

ダンディずん6/29 3:24:376122cfoMAVqdadA4U||686
 
「ああ、承知した」

「……有難うございます」

 左大臣の返事に乙の肩がほっと落ち、そしてまた一歩、左大臣から遠ざかった。

 別れを言う時が来た。まとまらぬ頭のまま、咄嗟に左大臣の口から出たのは、この一言だった。
 
 
「お前のことを、孫のように思っていたよ。乙」
 

ダンディずん6/29 3:25:56122cfoMAVqdadA4U||642
 
 ぴたりと足を止めた乙は、すっと体を回し、左大臣を真正面から見た。

白い衣が宙にふわりと舞った。

乙は初めて会った時のような無邪気な笑みをこぼしながら、いつもの澄んだ声で言った。
 

ダンディずん6/29 3:26:166122cfoMAVqdadA4U||688
 
 
 
「お前のことを、父のように思っていたぞ。時津彦」
 
 
 
  
 乙が去った後、左大臣は独り、庭の梅の下に立った。

こうしていると、二十数年前のあの白梅が、今もここで咲き乱れているような気さえした。

 その時、身を切るような冷たい風が吹き荒れ、梅の樹を激しく揺らした。

左大臣の目の前で花びらは一斉に舞い散り、闇に溶けていった。

 
 そして、その白い光の余韻を覆い尽くすかのように、夜空から黒い雪が降りはじめた。
 

ダンディずん6/29 3:32:476122cfoMAVqdadA4U||82
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先週末は文化行事に参加して多忙を極めていた故、少し遅れての掲載です。
だんだんパロディ臭さが増してきたこの話ですが、元々こういう既存のモノを
モザイクのようにはめこんで話を創るのは好きだったりします。
というのも、前の名の話と絡みますが、よく知られた名を仮想世界にはめこむことで
全くの浮びあがった非現実を「現実さ」に繋留することができるのです
まぁ想像力の貧相さのヘルプとしても多いに役立ってくれるのですがね。
 

ダンディずん6/29 3:37:386122cfoMAVqdadA4U||942
これでこの「猫頭山」も第一挿話第一幕が終了というわけなのですが…
全く、いつになったら書き終わるのやら
かなりラフに書いているつもりにも関わらずすでに原稿用紙にして75枚を越えており、
しかもそれでいて随分書き上げるのに時間がかかっているという困った状況
まぁなんとか話はつながってくれているようなので、もう少し頑張ってみようかと思います
例によって、第二幕の展開はあまり考えていないのですが…まいったな
 
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ダンディずん6/29 3:38:496122cfoMAVqdadA4U||296
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猫頭山・一 http://bbs.chibicon.net/bbs/t12-5393.html
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猫頭山・七 http://bbs.chibicon.net/bbs/t12-5771.html

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ダンディずん6/29 3:48:96122cfoMAVqdadA4U||781
うむ、よく見ると1エピソード書き忘れているな…まぁいいか と適当
ちなみに今回の笑いどころは「四面楚歌」だったりします ウフ
あ、笑えないですか

marinoe6/29 15:39:112101cfsffFvSS6eiI||82
ずん様、こんにちは
壮大な和風ファンタジーになりそうですね。
児童文学は今こういうのを凄く欲しているはずです。
3人の博士まで登場・・・ちょっときな臭くなりそうですね。
救いの御子が生まれてくるために野に下っていかねばならなかったのですね。
雪の女王のような帝は愛まで飲み尽くし凍り付かし、
時津彦の朴念仁ぶりに歯がゆくなってしまいました。
最後の一文、梅の花びらが雪に変わっていくように
そしてまたよるの闇に飲み込まれていく様の美しさに
夏の暑さと湿気にやられきった身にはすばらしい清涼です。

ダンディずん6/30 7:30:596122cfoMAVqdadA4U||500
marinoeさん、おはようございます
日本人は西洋コンプレックスだと言われがちで、それは確かに事実なのでしょうが、
それは上手くすれば逆に自国文化へと目を向ける際に良い働きをするのではないか、
と思ったりもするこの頃です
今思えばやはり、児童文学という枠の作品は私に大きな影響を及ぼしているのだろうと思います
素直にその轍を辿りきれない染み付いたアウトロー精神も、今は信じるところの美にぐっと抑えて
スローペースながら描き続ければと思います


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